M&Aのシナジーの種類は8つ ― 目的はひとつでも、効き方は8つに出ます

SySIの8軸レーダーチャートを3枚並べた図。中央は事業活用目的の買収、左右は別の案件で、いずれも形が異なる。

前回、シナジーを定義しました

前回、シナジーをこう定義しました。

他の買い手には払えない金額を、それでも払える理由。それがシナジーです。

では、その「理由」には、どんな種類があるのでしょうか。

実際、この連載を始めてから、ほとんど同じ形の質問を何度もいただいています。「で、結局シナジーというのは、具体的にはどんな種類があるんですか」。今回は、そこに入ります。

教科書の答えは、3つです

M&Aの教科書や実務資料を開くと、シナジーはたいてい次の3つに分類されています。

  • 売上シナジー — クロスセル、販路の共有、ブランドの相互活用など、売上が増える効果
  • コストシナジー — 調達の集約、重複機能の統合、拠点の再編など、費用が減る効果
  • 財務シナジー — 調達コストの低下、税務上の効果、資本効率の改善など

分かりやすい整理です。実際、私も説明の入口ではこの3つを使います。M&Aの目的が「1+1>2」を実現することだと考えれば、増える・減る・効率が上がるという3方向で捉えるのは、極めて自然な発想です。

ところが、この3つを実際の案件に当てはめようとすると、必ずと言っていいほど手が止まります。

なぜ止まるのか。ひとつ、例で考えてみます。

ひとつの目的が、8つの軸を同時に動かす

ITに出遅れた会社が、ITに強い会社を買う。目的は「ITに追いつくこと」。ひとつです。

では、この買収で起きることは、ITの話だけでしょうか。

  • IT・デジタル — 自社にない開発体制そのものが手に入る
  • 知財・技術 — 相手が持つ特許と、動いている実装が手に入る
  • 人材・組織 — 採用では何年もかかるエンジニアが、その日から動く
  • 市場・競争 — IT前提の競合と、同じ土俵に立てる
  • 規制 — 認証・準拠の体制を、相手の運用ごと引き受けられる
  • 売上 — IT前提の市場に入り、新しい売上が立つ
  • コスト — 外注していた開発を内製化し、外注費が下がる
  • 財務 — 自前でITインフラに投じるはずだった資本が、要らなくなる

目的はひとつでも、効き方は8つに同時に出ます。

そして最後の3つ——売上、コスト、財務——を見てください。教科書の3分類です。ちゃんと起きています。 別の何かに置き換わったわけでも、後回しになったわけでもありません。他の5つと同時に、いま起きています。

買収の目的「ITに追いつく」から8つの軸へ矢印が同時に伸びる図。上の3軸(売上・コスト・財務)だけが教科書の守備範囲として囲まれている。
買収の目的はひとつでも、効き方は8つの軸に同時に出ます。教科書の3分類が見ているのは、上の3つだけです。

つまり、こういうことです。

教科書の3分類は、8つのうち3つしか見ていません。しかも、金額になったあとの姿だけを見ています。

「ITに追いつく」という目的は、どの箱にも入りません。「エンジニアがその日から動く」も入りません。入るのは、それが金額になったあと——売上が増えた、外注費が減った——という結果の側だけです。

教科書が見ていないのは、残りの5つと、その3つが動いた理由のほうです。

けれども、教科書が怠けているわけではありません

ここは誤解のないように書きます。売上・コスト・財務の3つは、着地点として間違っていません。

事業は経済活動です。何が起きようと、最後は必ず金額になって、損益計算書と貸借対照表に着地します。そこを見るのは、正しいのです。

では、なぜ足りなくなるのか。会計が、比較できるようにするために、理由を捨てているからです。

自動車会社とソフトウェア会社が、同じ「売上高」という一行に数字を書ける。同じ様式で書けるということは、その会社に固有の事情が落ちているということです。 落としているから比較できる。制度として、それで正しい。

けれども、M&Aの判断に要るのは、その落とされたほうです。

決算書は、過去を、全社共通の様式で記録する制度。

M&Aは、これからを、この案件に固有の事情で決める行為。

目的が違うものを流用しているのですから、足りなくなるのは当たり前でした。

会計では伝わらないことを、企業は自分の言葉で説明しています

企業は、M&Aの成果を、会計ルールに従ってP/LとB/Sで表現します。これは義務ですから、やむを得ません。

けれども、それだけでは伝わらないということを、企業自身がいちばんよく分かっています。

上場企業は、投資家に対して説明責任を負っています。大型の買収を行えば、その投資対効果がどうなっているのかを、株主に継続的に報告しなければなりません。そしてそのときに使われるのは、P/Lの一行ではありません。

有価証券報告書や決算説明資料のなかで、企業は、自社が定義した事業のKPIとして、そのM&Aが何だったのかを、自分の言葉で公表してくれています。

クラウド関連事業の売上が前年比でどうなったか。買収先の主要人材がどれだけ定着しているか。統合後の製品化リードタイムがどう変わったか——こうした表現は、全社の数字に埋没しません。案件と結びついた形で、外から読めます。

そして、ここがいちばん大事なところです。そのKPIを定義したのは、買った本人です。

「このM&Aは、何を取りに行ったものだったのか」。その答えを、買い手自身が選び、数字の形にして出している。いわば、買い手の宣言です。

当社が数えたのは、この宣言です。

軸は、決めたのではなく、数えて出てきました

では、どうやって8つに絞ったのか。ここが、この枠組みの性格を決めています。

手順は二段階でした。

第一段階として、まず少数のM&A案件を精読し、「評価軸として成立しそうなもの」の候補を洗い出しました。ここはまだ仮説です。

第二段階として、その仮説を持ったまま、データベースに登録していく200件強の案件に当たり、それぞれの案件で実際にどのKPIが開示されているかの統計を取りました。 そして、繰り返し現れる支配的なものを採用しました。

つまり、軸は理屈で決めたのではなく、数えた結果として出てきたということです。

理論が先ではなく、観測が先。

結果として、8つの軸になりました

何を見るか
1Revenue(売上)顧客・チャネル・価格
2Cost(コスト)調達・生産・重複機能
3Finance(財務・資本構造)資本コスト・税務・資本効率
4People / Organization(人材・組織)人材・文化・意思決定の仕組み
5IP / Technology(知財・技術)特許・技術資産・開発力
6Regulatory(規制)許認可・業法・競争法
7Market / Competition(市場・競争環境)市場ポジション・競合構図
8IT / Digital(デジタル基盤)データ・システム・デジタル資産

上の3つは、教科書と同じです。外したのではなく、そのまま置いています。 当社が加えたのは、下の5つです。

なお、この8軸はチェックリストではありません。議論のための座標軸です。案件によって重要な軸は異なりますし、8軸すべてが同時にプラスになることは、まずありません。大切なのは、どの軸が強く、どこに制約があるのかという構造を把握することです。

冒頭の例を、ITにした理由

正直に申し上げると、この8軸には、私自身が「本当にこれが並ぶのか」と違和感を覚えた軸があります。

8番目の、IT/デジタルです。

シナジーの評価軸として、売上や人材と並んでITが独立して立つというのは、感覚的にはやや大げさに見えます。ITは手段であって、目的ではないはずだ、と。

ところが、統計を取ると、これが特出しで出てくるのです。

開示資料を読んでいくと、典型的にはこの二つの型に繰り返し出会います。ひとつは、買収先と自社が同じ基幹システム——SAPに代表されるERPや、あるいはCRM——を使っているため、統合が容易であり、早期に効果が出せるという説明。もうひとつは、逆に、そうしたシステムをまだ導入していない買収先に、自社が持つIT基盤を適用することで、事業そのものが伸びるという説明です。

言われてみれば、その通りです。同じシステムを使っている二社の統合は、そうでない二社の統合とは、実現の速さも確実性もまったく違います。そして、仕組みを持たない会社に自社の仕組みを移植することは、それ自体が立派な価値創造です。

けれども、これを買うかどうかを決める段階で、シナジーの一項目として最初から数えていたでしょうか。多くの場合、ITの話はPMIの実務論点として、あとから出てきます。買収の可否を議論する場には、なかなか登場しません。

私が「観測が先」と申し上げているのは、こういうことです。自分の感覚では優先順位が低かった軸が、実際に企業が語っている言葉のなかでは、堂々と主役級で登場していた。 数えなければ、この軸は私の仮説から漏れていたはずです。

冒頭の例をIT起点にしたのは、そのためです。もっとも、同じことはどの軸を起点にしても起こります。 「規制対応の体制を取りに行く」でも、「販路を取りに行く」でも、目的はひとつ、効き方は8つです。

分けると、何が変わるのか

一つだけです。議論ができるようになります。

「この会社とはシナジーがありますか」と聞かれて、「あると思います」としか答えられないのは、言葉が足りないからではありません。分けていないからです。

8つに分ければ、こう言えるようになります。「規制の面では非常に強い。ただし、免許と一緒にその会社の商習慣も引き継ぐので、人材・組織には相当の摩擦が出る」。あるいは「IT基盤が共通なので統合は速いが、市場・競争の面では顧客が重ならない」。

強い軸と、弱い軸と、その間に生じるトレードオフ。この構造が見えて初めて、買うのか買わないのか、いくらまでなら妥当なのかという話に進めます。

シナジーを軸で捉えることの実用的な意味は、ここにあります。

次回

追加した5つの軸——人材・組織、知財・技術、規制、市場・競争、IT/デジタル——が、実際にどんなシナジーを拾い上げるのか。「そんなところにシナジーがあるのか」と感じていただける例を、具体的に並べていきます。

そのときに、一つ補助線を引きます。どの軸が張り出すかは、買い手がそのM&Aで何を主眼に置いているかで決まる、という補助線です。事業として使うために買うのか、投資として買って出口で売るのか。同じ8軸でも、出てくる形がはっきり違います。

同じ8軸のレーダーを二つ並べた図。事業活用目的の買収では5軸側が張り出し、投資・転売目的の買収では3軸側で形が収まる。
次回の予告です。同じ8軸、同じ描き方。違うのは、買い手がそのM&Aで何を主眼に置いていたかだけです。

この二枚のレーダーは、同じ8軸で、同じ描き方で作っています。違うのは、買い手がそのM&Aで何を主眼に置いていたかだけです。

そして、そこで挙がる例には共通点があります。どれも、言われてみれば当たり前なのに、買収を検討している段階の議事録には、まず出てこないということです。


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連載「ところで、M&Aのシナジーって?」

第6回以降も、順次公開していきます。

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