前回のおさらい
前回は、こんな話をしました。
買ったものは、買った直後には実質の価値まで下がってしまう。その実質価値と購入価格の差額は、買ったものをどう使うか、そしてそこから得られる物や事に、自分がどれくらいの価値を置くかで決まる。
そして、価値が減るくらいなら、所有ではなく借りるという選択肢もある。ただし借りる場合には、時として利用上の制限があります。やはり所有のほうが自由が利いて、使うことによって得られる満足が、借りるを上回る場合もある。
車やマンションという身近なケースでお話ししましたので、今回は少しビジネス寄りに戻して、事業の話として考えたいと思います。
足りないものを、外から入れる手段
自社に欠けている何か——物でも、事でも——を、事業の維持や成長のために外部から導入する。手法として簡単に思いつくのは、買ってくる、借りてくる、依頼する、一緒にやる、といったあたりでしょうか。
これをビジネスらしく契約まで落とし込むと、バリエーションが一気に増えます。売買契約、リース・レンタル契約、ライセンス契約、業務委託契約、共同開発契約。自社と相手の関わり具合には、実に多様なレベルがあることに気づかされます。
しかし、どの形をとったところで、国、人種、業種を問わず、信頼のおけるパートナーさえ選べれば、多少の事件事故は起こるにせよ、たいていの場合、目的そのものは達成されます。
たとえば、あるエンジニアリングメーカーが、自社に足りない技術を某社から導入したいと考えたとします。同社から買ってもいい。自社で生産できるならライセンスを受ければいい。生産委託をしてもいい。相手と自社の能力次第で、必ずしも同社を買収しなければ目的が達成できない、ということはありません。
釈迦に説法のような話を長々としましたが、ここからが本題です。
では、なぜ企業は、買うのか
契約ベースの協業から一歩進んで、当該事業者の株式のマジョリティを取ったり、100%買収をしたりする。なぜでしょうか。
AI時代ですから、検索すれば答えがどこかにありそうな気もするのですが、私の知る限り、実務の教科書にこれといった定めはありません。ですので、私の仮説を書かせていただきます。
仮説は二つあります。
仮説その一 ― 協業では、フルアクセルが踏めない
一つ目は、成果物の最後の所有権が、「当社のもの」「依頼先のもの」という区別なく、当事者みんなのものになるということです。自分たちの将来の利益のためであれば、自由に活用できる状態になる。
先ほど、どの形をとってもたいていの目的は達成される、と書きました。それは本当だと思っています。ただし、それは「あらかじめ目的として書けた範囲」に限られます。
机上の話ではなく、実感として申し上げます。
私はニコンで、Additive Manufacturing(AM)領域の案件に関与しました。継続中の事業ですので詳細には踏み込めませんが、当時の感触はこういうものでした。
社内に持っていた、レーザー制御技術、三次元形状計測、X線非破壊検査。それぞれ単独でも価値のある技術要素です。これらとAMの技術が非常に高い相乗効果を持つことは、社内でも認識されていました。 ですので、対象企業との協業も、いろいろと模索していたのです。
しかしながら、他人は他人です。
相手がどこと付き合っているか分からない。そういうモヤモヤがあると、共同の開発は、フルアクセルにはなりません。 まさに所有と借りるのジレンマに相当することを、日々感じていました。
そこに訪れたのが、M&Aのチャンスでした。一緒になれば、できることは大いに変わりますよね。
契約は結べます。共同開発契約も結べる。けれども契約は、相手が自分だけを見ていることを保証してくれません。 相手にとって自社は選択肢の一つであり、自社にとっても相手は選択肢の一つです。その状態で、自社の中核にある技術を、どこまで出すか。全部は出せません。
そして、踏み込めない協業から生まれるものは、踏み込んだ協業から生まれるものより、必ず小さくなります。
仮説その二 ― 返せない、ということ
そして、こちらのほうが本質だと思っています。
借りているものは、最終的に買い取って自分のものにしない限り、貸主に返します。 返すことが前提で、その物や事を扱います。
ところが完全に所有すると、最後まで自分たちのものです。途中で何があろうが大事にする必要があり、価値がなくなるその時まで、面倒を見る責任が生じます。壊れてしまっても、返せません。 だからこそ、悪いことを起こしたくない。
この心理は、ビジネスを全うするうえで、ある意味とても重要だと思っています。
私自身もそうなのですが、「そんなものは借りたほうが得だ」という言葉の裏には、どこかに、間違いや失敗があっても返せるので諦めがつく、という脇の甘い心理が生まれます。
M&Aを真剣に考えるということは、その脇の甘さを手放すということです。
自社と相手の会社の、物、事、社員、社員のご家族、地域社会。そのすべてを大切に扱うという宣言なのではないかと、私は思っています。
ですので、単純に相手の会社を物として買った、ということではありません。自分たちの血肉に取り込んだという自負のもとで、買ったということの費用を十分に噛み締め、そしてその効果を存分に発揮する。この志は、非常に重要なものだと思っております。
次回、いよいよシナジーの話に入ります
少しシナジーから離れましたが、今回申し上げたかったのは、借りるのではなく所有、所有というより一緒になって全責任を全うする、その活動がM&Aではないかということです。
そして、全部を引き受けたうえで、次に問われることがあります。支払った額に見合うだけの何かを、本当に生み出せるのか。
その「見合う何か」には、名前があります。次回、正面から扱います。
当社では、世界のM&A案件を200件強集めて、この「買った理由」を一件ずつ読み解いています。連載は、そこで見えてきたことを順にお話ししていくものです。
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