M&Aのシナジーを考える前に ― その車は、買うべきか、借りるべきか

車と家の模型、電卓と一万円札 ― 買うか借りるかの費用対効果を表すイメージ

M&Aの話をする前に、まず買い物の話で

前回から、M&Aのシナジーについてシリーズ化して投稿をしたいと思っております。

そもそもですが、M&Aのシナジーなんて、M&Aをされる方には当たり前と思います。ただ、自身の体験としては、実際にこれをプロセスの始めから終わりまで、首尾一貫してハンドリングすることが、難しいこと、難しいこと……

もしかすると、シナジーという言葉は知っているのですが、そもそもシナジーってなんだろうと、あまり真剣に考えたことがない場合もありまして、今回の投稿となります。

シナジーとは何かを説明する前に、なぜそれを考えなければならないのか
です。

M&Aは、経験のある方が限られます。最近は個人の方でも会社や事業を買えるようになりましたので皆無とは言いませんが、通常は縁のない出来事です。ですので今回は、比較的多くの方が経験している、個人としての大きな買い物を例に考えてみたいと思います。

車や住まいの話です。まずは、車から。

300万円で買った新車が、翌日に全損したら

ご存知の方も多いと思いますが、新車を300万円で買ったとします。

納車後まもなく、不幸なことに、相手の過失100%で後方から追突され、一瞬にして新車が廃車になりました。保険があるから大丈夫と思いきや、相手の過失100%なので、支払いをするのは相手の保険です。そして相手の保険会社は、こう言います。

「あなたのお車の価値は200万円ですので、お支払いできるのは200万円までです」

「おいおい、待て。この車を買い換えるのに300万円かかるんだぞ。100万円足りないぞ」と。

(私も過去に、交差点の赤信号待ちで停車中に後方から前方不注意(居眠りしていたと思います)の4tトラックに衝突され、中古車でしたが購入したばかりの車が全損、当方は鞭打ちでした。)

というのも、
賠償の基準になるのは、あなたが払った購入価格ではなく、事故が起きた時点の時価だからです。一度でも登録されれば、それはもう新車ではありません。中古車としての価値になり、100万円は乗る前に消えています。

(ちなみに、この差額を埋めるための「新車特約」といった商品が各社にあります。裏を返せば、この100万円の差は実在する問題だと、保険業界も認めているということです。)

M&Aに置き換えると

これは、M&Aで起きていることと同じ構造です。

たとえば300億円で会社を買った。しかしその会社の純資産(総資産から負債を引いたもの)は200億円しかない。差額の100億円は、買った側の貸借対照表に「のれん」として残ります。 そして買収した事業がうまくいかなければ、この100億円は減損として消えていき、返ってはきません。

なお、上場企業を買う場合は、買収前の株価に対する上乗せ分のことを「買収プレミアム」と呼びます。呼び名は違いますが、いま目に見えている価値を上回る額を払っているという構造は、まったく同じです。

それでも、私たちは車を買います

さて、車の話に戻ります。

買った瞬間に100万円が消える。これは損でしょうか。

多くの方は、完全な損だとは思っていません。買った瞬間に資産としての価値が下がることを、(うすうす)承知したうえで買っているからです。

では、なぜ承知できるのか。

払っているのは、車そのものではありません

払っているのは、ものそのものの価値というよりも、その車をどう使うかに対してです(効用・効果価値)。

毎朝の通勤が、乗り換えを含めて片道70分だったものが、35分になる。子どもの送り迎えができる。週末に道具を積んで出かけられる。親を病院へ連れて行ける。雨の日に、荷物を持って濡れずに帰れる。

こうした使い方を含めての価値が、消えていく100万円を上回ると判断できたから、買っていると思います。

つまり私たちは、車を買うとき、無意識のうちに費用対効果を計算しています。 費用は分かりやすい。値段と、維持費(駐車場、任意保険、自動車税、車検)と、値落ち分です。しかし、難しいのは効果のほうで、これは自分の生活上の満足度を金銭価値に評価する必要が生じます。

M&Aに置き換えると

そうなんです。企業や事業の買収の場合も、使ってなんぼなんです。

手に入れた事業や企業を活用して、買ったもの自体が持っている価値(先ほどの200億円)以上のものを引き出して、はじめて元が取れた、費用対効果が出た、ということになります。

そして、買わずに済ませる手段があります

ここが大事なところです。

移動したいだけなら、車を買う必要はありません。

公共交通機関。タクシー。レンタカー。カーシェアリング。リース。手段は、いくらでもあります。

しかも、条件によっては、そちらのほうが明確に安い。都心に住んでいて、乗るのは月に2回の週末だけ。そういう方が車を持てば、駐車場代と保険と税金と車検を、ほとんど停まっているだけの車のために払い続けることになります。カーシェアなら、使った時間だけの支払いで済みます。

計算するまでもありません。この使い方であれば、借りたほうが合理的です。

M&Aに置き換えると

企業を買わずに、その会社に製造を委託する。あるいは、その会社が持っている特許をライセンスしてもらって、自社で製造する。

それで目的が果たせるなら、会社そのものを買収する必要はない、ということです。

では、どこで分かれるのか

分かれ目は、値段ではありません。使い方です。

もう少し正確に言えば、借りる形では出せない使い方を、自分が持っているかどうかです。

たとえば——

  • 深夜に子どもが熱を出したとき、カーシェアの予約は取れるでしょうか。
  • 毎朝の送り迎えを、毎回予約して、ステーションまで歩いて受け取りに行けるでしょうか。
  • 仕事道具を、荷室に積みっぱなしにしておけるでしょうか。
  • チャイルドシートを、付けたままにしておけるでしょうか。

こうした使い方は、所有していないとできません。 そして、これらが自分の生活にとって重要であればあるほど、買うという選択が有利になります。

(個人的な買い物の場合には、心理的な尺度で測られる事が多いですが、これらの厄介事に投入する自分の時間や、代わりに人に頼んだりした時の費用になりますので、それを解消しているという定量的な便益(利益)になることもわかります。)

逆に、借りて済む、つまり、借りた際の課題解消コストの方が安い、という使い方しかしないのであれば、借りた方が得で、買った瞬間の値落ち分は、そのまま損、購入に投じた費用はペイしないということになります。

住まいも同じですし、身のまわりは、こんなことばかりです

マンションを買うか、借りるか。

新築マンションを買って、直後に売却しようとすれば(よほどの値上がり物件でなければ)値は下がります。車とまったく同じです。そして、ペイするかどうかは、やはり使い方と活用の仕方次第です。3年で出ていく人と、30年住んで手を入れ続ける人とでは、同じ物件でも、買うことの意味がまるで違います。

考えてみれば、私たちの身のまわりは、こうした判断であふれています。

工作機械を買うか、外注に出すか。オフィスを借りるか、持つか。システムを自社で作るか、クラウドサービスを使うか。どれも「買うか、借りるか」であり、どれも決め手は値段ではなく、自分がそれをどう使うかです。

会社を買うときも、同じ計算をします

途中途中でM&Aの話を挟みましたが、あらためて。

会社を買うときも、同じアナロジーです。

会社にも「借りる」に相当する手段が、たくさんあります。業務提携。販売代理。ライセンス。合弁。少数出資。人材の採用。外注。その会社の力を使いたいだけなら、買わなくても済む方法は、実はいくらでもあるのです。

それでもなお、会社ごと買うという判断をするなら、そこには活用するという意志が非常に重要になってきます。

しかも、車と決定的に違うところが一つあります。買い直しがきかないということです。車は乗り換えられます。住まいも、損はしますが売れます。会社は、そう簡単には乗り換えられません。

次回は、買わずに済む手段がこれだけあるなかで、それでも会社ごと買うのはどういうときなのかを考えます。そしてその次に、いよいよシナジーという言葉を正面から扱います。

当社では、世界のM&A案件を200件強集めて、この「買った理由」を一件ずつ読み解いています。連載は、そこで見えてきたことを順にお話ししていくものです。


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連載「ところで、M&Aのシナジーって?」

第10回以降も、順次公開していきます。

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